論考:判例考察
判例考察
「同時入退会」という強制を働かせることが、構成員である司法書士の思想・良心の自由を侵害すると考える自論を展開する上で、参考になる判例を考察して具体的なあてはめを考える。
(1)国労広島地本事件
最高裁昭和50年11月28日第三小法廷判決16)
旧国鉄労組広島地本が脱退した組合員に未納の臨時組合費の支払を請求した件につき、その納入義務が争われた事件である。
この判決の本稿の論点にとって重要な判示は、違法な争議行為のために組合員から資金を徴収する決議は組合員を拘束するか、そして組合員はこの決議に応ずる協力義務を負うかという点である。当該箇所の判旨は次のとおりである。
① 労働組合員は、組合活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務を負うが、その協力義務は無制限ではない。
労働組合は、労働者の経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体であるから、組合費の協力義務も当然に右目的達成のために必要な範囲に限られる。
しかし今日、組合の活動は、政治・社会・文化活動など広く組合員の生活利益の擁護と向上に直接間接に関する事項にも及んでおり、これらを直ちに組合の目的の範囲外であるとはいえない。
だが他方で、これによって組合の統制の範囲も拡大され、組合員の市民又は人間としての自由や権利と矛盾衝突する場合も拡大する。
それゆえ、この点に関して格別の立法上の規制がない場合でも、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、組合員の協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。
② 安保反対といった政治的要求への賛否は、本来、各人が国民の一人として決定すべきことであるから組合の多数決で組合員を拘束し、協力を強制することは許されない。
たとえ費用負担に止まる協力義務であっても、一定の政治的活動の費用としてその支出目的との個別的関連性が明白に特定されている資金についてその拠出を強制することは、かかる活動に対する積極的協力の強制にほかならず、やはり許されない。
③ 政治意識昂揚資金は、特定の立候補者支援のためにその所属政党に寄付する資金であるが、....どの政党又は候補者を支援するかは、投票の自由と裏腹をなすものとして、組合員各人が自主的に決定すべき事柄である。
したがって、労働組合が組織として支持政党又はいわゆる統一候補を決定し、その選挙運動を推進すること自体は自由であるが、組合員に対してこれへの協力を強制することは許されず、その費用の負担についても同様に解すべきである。
この判決は、労働組合と組合員の思想・良心の自由の対立に関する判示ではあるが、労働組合という団体を超えて、司法書士会と政治連盟の「同時入退会」の問題にも影響を及ぼすことができるのではなかろうか。
このように解するならば、
①司法書士会は強制加入団体であり、司法書士会を構成する会員は、会務に協力17)したり会費を納入する義務はある。
しかし、②政治的活動を主たる任務とする政治連盟への「同時入退会」は、政治的活動に対する積極的協力の強制にほかならず許されない。
③司法書士会の会費と同時に納付強制される政治連盟の会費は、特定の政党又は特定の立候補者支援のために陣中見舞いという形でおこなわれる資金の一部に使われており、どの政党又は候補者を支援するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、司法書士各人が自主的に決定すべき事柄であるゆえに納付の強制は許されない。
(2)南九州税理士会政治献金徴収拒否訴訟事件
最高裁平成8年3月19日第三小法廷判決18)
税理士法改正運動資金として政治団体へ寄付する目的で税理士会がした会員から特別会費を徴収する旨の決議が、税理士会の目的外の行為であり、会員の思想・信条の自由を侵すとして、無効であるとされた事件である。この判決の本稿の論点にとって重要な判示は、会員の思想・信条の自由と協力義務との関係である。
第一審判決19)は、前述した国労広島地本最高裁判決の立場を踏襲して、次のように判示する。
① 会員の税理士会からの脱退の自由が事実上確保されていないうえに、税理士会の活動が多様化すれば、税理士会による統制力の範囲も拡大し、従って又、会員たる税理士個々人の一個の市民又は人間として有する自由や人権と矛盾衝突する場合が増大することは必至である。
問題とされている具体的な税理士会の活動の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく税理士会の活動の実効性と会員個人の基本的利益の調和という観点から、税理士会の統制力とその反面としての会員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。
殊に、多数決による政治的活動に対して、これと異なる政治的思想、見解、判断等をもつ個々の会員の協力を義務づけることには謙抑であるべきである。
② 従って、本件決議に反対の意思表示をした税理士に対し、本件決議に基づいて、本件特別会費の納入を強制することは許されず、従って、税理士が税理士会に右会費につき納入義務を負ういわれはない。
控訴審判決20)は、第一審判決と相対立する結論に達し、思想・信条の自由と協力義務との関係について、次のように判示する。
① 税理士法改正につき会員の多数決により税理士会の意思を決定することは他に特段の事情のない限り団体の性質上やむを得ないことであり、控訴人ら主張のように右改正に反対であれば常にその思想、信条の自由を犯すものとしてその無効を主張できるとする根拠はない。
② 税理士法改正の決議方法には何らの違法な点はないし、その内容についても、特定の政党、政治家又は候補者を支持し応援するため、その政治家のため特別に臨時に会費の名目でこれを徴収したというものではないから、右決議が控訴人ら会員の思想、信条の自由を犯したとは到底認め難い。
本控訴審判決の問題点は、多数決原理とそれに対する構成員の協力義務を強調している点である。そして、「多数意見による意思決定に従わざるを得なくなる少数意見の立場が、社会的に照らして是認することができないほど過酷であるような場合」以外は協力義務を肯定するのである。
しかし、およそ公益法人において、「社会通念に照らして是認することができないほど過酷であるような」事態というのは起こり得るのだろうか21)。ほとんど無条件といってよいほどに、少数者は、多数決による意思決定に協力を強いられるのではなかろうか。
これに対して、最高裁判決は控訴審判決を退け、次のように判示する。
税理士会の性格を、会社とはその法的性格を異にする法人である、その目的の範囲についてもこれを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである、と述べた上で思想・信条の自由との関係で
① 法が、税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には様々な思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。
したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。
② 特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。
③ そうすると、公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。
この判決は、隣接職能団体である税理士会の政治活動の自由とその構成員の思想・信条の問題を明らかにしたのだが、司法書士会と司法書士政治連盟の同時入退会の問題をも射程距離の範囲内にあるとすることはできないだろうか。
司法書士政治連盟は、あくまでも本来任意の加入団体であるはずである。
その場合、自分の思想等と抵触するような活動を団体が行う場合、最終的には脱退する手段があるのだから、強制加入団体とその構成員の思想・信条の問題の考察がそのまま当てはまるわけではない22)。しかし、司法書士政治連盟には脱退の自由が定められていない。ということは、司法書士会が「同時入退会」というある特定の思想・信条を強制していると同視できないか。
このように解するならば、①司法書士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である司法書士には、様々な思想・信条を有する者が存在している。
したがって、司法書士会の活動にも、そのために司法書士一人ひとりに要請される協力義務にも限界がある。
②政治団体である司法書士政治連盟へ入会するかどうかは、司法書士各人が自主的に決定すべき事柄である。
③公的な性格を有する司法書士会が平成7年の定時総会で、司法書士各人に協力を義務付けるよう(政治連盟会費を徴収する)、多数決の原理によって議決したことは、法の全く予定していないところである。
(3)日本歯科医師連盟(政治連盟)訴訟判決23)
大津地裁平成15年10月16日民事部判決
歯科医師会ではできない政治活動を行う目的で設立された政治連盟からの脱会を求めた歯科医師に対し、連盟のみの退会はできないとして拒絶した歯科医師会と連盟の行為を違法として損害賠償責任が認められた事件である。まさに、本稿の論点である「政治連盟への同時入退会」が会員の思想・信条を侵害するのではないかが争われ、次のように判示する。
① 原告である歯科医師は、被告である歯科医師会らの行為によって、政治連盟からの退会を認められなかったことは、自己の思想・信条に反する行為をなすことを求められたと評価し得る。
私は、政治連盟の退会を求めたこともなく、それゆえ退会を拒否されたわけでもない。
政治連盟を退会しようとするには、現在の政治連盟規約によれば、司法書士会を退会する他に方法はないから退会をすることはできない。
私は、司法書士という仕事を通して様々な側面で社会に貢献し、自己実現をはかっていきたいと思っている。また、政治的意思決定の過程にも参加して民主政治の実現24)にも役立ちたいと考えている。
司法書士という専門家としての社会的良心を生かすことと、ひとりの市民としての政治的良心を両立することはできないのか。
自分の政治的良心を生かすために、社会的役割を断念することは希望しない。
したがって、「同時入退会」の定めのあること自体が、私の思想・良心の自由を侵害すると考えるのである。
16) 最判昭和50年11月28日 判例時報798号 3貢
憲法判例百選Ⅱ[第三版] 314貢
〃 [第四版] 320貢
17) 橋本基弘 前掲(注2) 300貢参照
いわゆる「ただ乗り」問題について
もちろん、司法書士会が行う積極的な対外活動には協力すべきである。たとえば、昨今社会問題化しているヤミ金融問題への対応などは、警察・行政機関とも連携しながら、司法書士会全体として取り組むべきである。司法書士個人一人ひとりでは、やはりこの問題への適応力は弱い。このようなとき結社としての影響力を行使すべきである。司法書士会の活動に対し、「ただ乗り」をして、恩恵のみを受けることは許されない。
18) 判例時報1571号 16貢
憲法判例百選Ⅰ[第四版] 84貢
19) 熊本地裁昭和61年2月13日判決 判例時報1181号 37貢
20) 福岡高裁平成4年4月24日判決 判例時報1421号 3貢
21) 本基弘 前掲(注2) 275貢
橋本基弘教授は、「そのような事態が起きる場合には、すでに団体の存立自体が問題となっている状況下であろうから、団体の存在を前提として、多数決への服従義務を論じている余裕はないはずであろう」と述べている。
22) 法学教室 212号
渡辺康行 「団体の中の個人-団体の紀律と個人の紀律」参照
23) 判例時報 1840号 76貢
24) 芦部信喜 前掲(注6) 160貢参照
表現の自由を支える「自己実現の価値」と「自己統治の価値」である。
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